なぎさ海道

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特集

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vol.5
2015.12.14
新しい大阪湾づくり

くいだおれ大阪のふぐ食文化

第5回 ふぐ博物館館長に聞く


取材・文/牟田 由喜子

大阪名所の新世界で、ひときわ目を引くふぐ提灯


鍋が恋しい季節。
淡白ながらも、上品な甘みがほんのりと広がるふぐ鍋は、
一度食べたら忘れられない味わいです。
ふぐの消費量日本一を誇る大阪のふぐ食文化は、漁獲高こそ減りましたが、今も健在。
料理はもちろん、科学(分類学、解剖学、ゲノムまで)、歴史、文学、民俗学……
あらゆる角度からふぐの研究を行ってきた、
日本ふぐ研究会会長、ふぐ料理の老舗「喜太八」店主でふぐ博物館館長の北濱喜一さんに、
大阪とふぐをテーマに話を聞きました。


ポン酢(酸)で花咲く
ふぐの味

ふぐ料理といえば、てっさ(ふぐの刺身)、てっちり(ふぐ鍋)。毒のあるふぐを、当たると死ぬ「鉄砲」に掛けたのが、その名の由来といわれます。

日本各地の遺跡からふぐの骨が出土されており、古来より食されてきたふぐですが、ふぐが賞味されるのは日本だけではありません。ふぐロードといわれる中国、韓国はもちろんですが、エジプトやアメリカなどの各国でも人気の魚です。ところが、刺身として生食するのは、日本独自の食文化といわれます。有毒にも関わらず、人を魅了するふぐの旨みとは?

北濱さん曰く、
「ふぐ肉に特別な味はないんですよ。ものの味は脂です。 エビやカニの脂質は0.7%、フグはたったの0.1%です。たんぱく質が20%、糖質が0.1%、灰分が1.2%であとは水。フグのたんぱく質は有機酸との親和性が良いのです。つまり、ふぐの旨みは、柑橘類に含まれるクエン酸との酸化反応。ポン酢で花が咲くんです」




喜太八の「てっさ」と「てっちり」。

フグってどんな魚?

トラフグ類の各部位の名称

フグは世界全域に広く分布し、その多くが海産種です。
漢字で「河豚」と書くのは、中国で食用として人気のメフグが、
河川(淡水域)に生息することから、「河」という字が当てられたようです。
食性は動物性のものなら何でも、ということですが、
日々大量のトラフグをさばいている北濱さんは、
「消化物にはイワシをはじめ、貝類、カニ、イカ、タコなどが多いです」と話します。

日本近海に生息するフグのうち、適切な処理を行うことで厚生労働省が可食を認めているのは
トラフグ、マフグ、クサフグ、ショウサイフグなどの21種
フグは種によって生態、毒の有する部位や強さが異なります。
食用として特に人気のトラフグは、
卵巣と肝膵臓(肝臓の組織の中に膵臓の組織が混在している)は強毒で、腸は弱毒、
食用にされるのは筋肉、皮、精巣です。

トラフグの稚魚は干潟や河の水が流入する内湾などで過ごし、成長すると沖合に出て大きな回遊をします。
オスは2年、メスは3年で成熟します。
産卵期は3~5月で、潮通しの良い貝がら混じりの粗い砂地の海底で産卵します。
複数年産卵するメスは一度選んだ産卵場に回帰してくることが確かめられています。

協力:大阪府立環境農林水産総合研究所 鍋島靖信

謎がいっぱい
フグ毒のメカニズム

フグは日本人にとって身近なだけに、その毒の研究は日本で最も盛んに行われてきました。1909年(明治42年)、田原良純(東京大学)博士によってフグの毒素が抽出され、「テトロドトキシン」と命名されました。1964年(昭和39年)には、津田恭介(東京大学)、平田義正(名古屋大学)、R.B.ウッドワード(米国化学者)が、それぞれ違う道筋で、左図の化学構造式にたどり着きました。テトロドトキシンは、フグ科の学名Tetraodontidaeからついた名前で、無色、無味、無臭の熱に強い神経毒です。

北濱さんは、「いつも発生するものではなく、条件的にのみ発生するのがフグ中毒」と強調します。「その条件とは、フグが捕れた場所、捕れた時期(無卵、抱卵、産卵)、雌雄、成長度、また同じ臓器でも、例えば1つのトラフグの肝膵臓を6つに分けて調べると、その毒量は6カ所それぞれ異なります。つまり、無毒な場所と強毒な場所があるのです。この条件に当たってしまえば死に至る、それがフグ毒の恐ろしさなんですよ」
フグの肝がどんなに美味でも、命を落とせば運が悪かったではすまされません。そのことを誰もが十分に心得ていることが重要です。




1964年に発表されたふぐ毒(テトロドトキシン)の化学構造。


大阪湾で
フグは捕れる?

全国で消費されるフグの約6割は大阪で消費されるといわれます。 ところが大阪府のフグの水揚量は年間で100kgほどと、激減の一途をたどっているのです。自ずと大阪で消費されるフグは、他県の水揚げや養殖、輸入に頼っているのが現状です。

昔は、大阪湾でもフグは捕れていたのでしょうか?

「大阪湾は魚庭(なにわ)というでしょ。鯨や鮭こそいませんでしたが魚種が豊富で、砂地が多かったでしょ。フグも卵を底の方で産み付けて上がってくる。ひと網やったら勘定ができないほどのフグが入りました。戦後数年(昭和30年代ごろ)までは、大阪湾でフグがごっそり捕れたんでっせ」と北濱さん。戦後の大々的な埋め立てと垂直護岸が施され、大阪湾には砂地がなくなり、藻場が減り、フグなどの底物と呼ばれる魚たちの生育環境が厳しくなったことが漁獲高に影響していると北濱さんは見ています。




撮影:北濱喜一/1951年(昭和26年)
当時、大阪湾でイワシ漁をしているとイワシをエサにするフグが大量に網に掛かった。



都道府県別フグ類漁獲量

農林水産省統計情報(平成26年概数値)より上位10道府県。
全国総漁獲量は約4900トン。北陸、北海道沿岸などでは主にマフグが漁獲される。11位以降に兵庫、和歌山、三重、愛知などが続く。


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大阪湾でトラフグ資源を増やす取り組み