なぎさ海道

大阪湾・播磨灘・紀伊水道 人と海がふれあう空間

特集

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vol.1
2014.08.19

運動不足ですよ!
湾内の流れが変化してきた
江戸時代から今日まで、大阪湾にはたくさんの埋立地がつくられてきました。江戸時代は新田開発のために、明治、大正、昭和初期には、大阪港、神戸港、工業用地などのために、高度経済成長期には、ポートアイランドや六甲アイランド、大阪南港などの、人が居住する都市の機能を持った人工島も造成されました。平成に入り、2つの空港が海上に建設されています。沖合につくられた巨大な構造物の影響による湾内の流れの変化が指摘されていますし、湾奥部では、埋立地や防波堤によって海岸線が複雑に入り込み、海水が停滞しやすくなりました。

大阪湾の埋め立ては私たちの暮らしを豊かで便利にするために大きく貢献してきましたが、一方で私たちの都合で埋立地を増やしたことによって、海水が停滞しやすい場所が増えたのです。つまり、「海水の運動不足」を招いたわけです。そうなると、海に過剰な栄養分が蓄積し、それらが分解される際に大量の酸素が消費されるため、酸素濃度が極めて低い海水の塊が発生しやすくなるのです。酸素がなければ生き物がすむこともできません。つまり、死の海が広がってしまうということです。




毛細血管が詰まってきている
ダムや堰(せき)などで水の流れが分断された
数十年前は、日本でも下水処理が十分に整備されていませんでした。若い人は想像できないかもしれませんが、生活排水はまずは近くのドブに流れ、各地域の小さな河川からゆっくりと大阪湾に流されていたのです。ところが、下水処理が完備された現在では、下水処理場から多くの栄養塩を含んだ水が一気に海に流されています。

つまり、本来は海とつながるはずだった毛細血管のような小さい河川は、ダムや堰などで分断されて、流れが止められているというのが現状です。


ダイエットで不健康に痩せた人も…
人間側の都合で海に負担をかけている
おとうさんは、「食べ過ぎ」「運動不足」、「毛細血管が詰まっている」とお話してきたように、富栄養でメタボ状態でした。ところが運動不足と無理なダイエットのために、豊富な栄養は沖に届かず、沖の海は痩せはじめたのです。一方で、毛細血管のような小さな河川は堰き止められて、各所の沿岸に栄養が届けられなくなりました。意外かもしれませんが、このような現象により、痩せた海は広がってきているのです。

つまり、私たちの都合で海に多くの負担をかけてしまった結果、メタボの海と痩せた海ができたのです。そしてそれが、大阪湾や瀬戸内海の漁獲量にも大きく影響してきています。 私たちには私たちのいろんな都合がありますが、少しだけおとうさんにも優しくしてみてはいかがでしょう。